高橋 功(H.12年フランス語学科卒)

2000年フランス語学科卒の高橋功(タカハシ・コウ)さんです。
山形県の出身で、山形県の羽黒高等学校在学中には、米国ジョージア州キャス高校に留学、外大在籍中には、フランスのフランシュ・コンテ大学に留学。現在、異色のシンガーソングライターとしてライヴ活動を中心に活躍中の30歳です。
*高橋さんにインタビューを試みました*
外大に入ろうと思われた理由は何ですか?
大学では、幼少の頃から関心のあったフランス語を専攻しようと決めていて、文学部ではなく、外国語学部フランス語学科のある大学を探しました。総合高校出身だった私は、留学をしたり外国語に関心がある、ということが(自分が属する)国際コース以外の大勢の生徒には、特異に見られてしまうことを窮屈に感じていたため、外国語学部だけの単科大学であれば、それが「極普通」という環境だと想像出来、京都外大は正に理想的な大学に思え、非常に憧れて入学しました。
どんな学生生活でしたか?
入学して間もなく、先生が、「数年に一度、こういう、皆が仲良くて、雰囲気の良いクラスが出来る。こういうクラスの場合は切磋琢磨し合うから、フランス語力の伸びも凄くいいんだよ」と仰った程、いいクラスメイトに恵まれました。とにかくフランス語を習得したい!というやる気に溢れた友人たちと毎日楽しく学生生活を送っていました。先生方の研究室にもしょっちゅうお邪魔して雑談したり、とにかく勉強も遊びもバランス良く、伸び伸びと明るく、希望に溢れた4年間でした。
学生のときの一番残っている思い出は?
大阪外大主催のフランス語弁論大会で優勝したことと、ロータリー財団奨学生として1年間フランス(ブザンソン市にあるフランシュ・コンテ大学)に留学したことです。
音楽との最初の出会いは?
音楽好きだった両親の影響で、生まれた頃から音楽には親しんでいました。5歳の時、両親に「絶対に止めない」と約束をして、クラシック・ピアノを習い始めました。
どうして音楽のプロを目指されましたか?
幼い頃から音楽と共に生きていたので、自分は音楽の道に進むものと思い込んでおり、それが自然の成り行きでした。人前で歌ったり演奏したりすることが、当時から自分にとっては自然なことでした。
高橋さんにとって音楽とは?
皮膚のようなものです。嬉しい気持ちや楽しい時よりも、悲しい時、淋しい時に、子供の頃から音楽に気持ちを委ねていました。今もそれは変わりありませんが、発信する側として、自分の音楽が慰めになったり癒しになってくれたら、という思いでいます。
ご自身の曲のなかで、一番好きな曲とその理由を教えてください。
アルバム『PRISM』に入っている「長い飛行船」という歌です。ある時、不思議な夢を見ました。「“長い飛行船”でレコード大賞を受賞する」というもので、実際、その時は「長い飛行船」という歌はありませんでした。ハッと目が覚めた時、このタイトルで歌を作らなければ!と思い、その日のうちに作りました。悲しみに傷ついた時、幼い頃に見た風景に再会したり、周りの人たちの優しさやあたたかさに気付いたりして、昨日までの苦しみは捨てて明日へと旅立とうという、心の再生をテーマにした歌です。この歌を歌う度に、初心にかえることが出来ます。曲作りはインスピレーションが大切ですが、夢のお告げで出来たこの曲には、特別な想いがあります。
今後はどういう音楽をつくっていかれたいですか。
20代の頃は、すごく背伸びした歌や、悲しい歌をよく作っていましたが、30代に突入した今は、もっと等身大の、もう少し心の中にグサッと入り込んだ歌を作っていきたいと思っています。普段人には見せない心や、誰にでもある闇の部分なども、背伸びせずに書いていきたいです。
結婚はまだ?
まだ、未定です!
最後に将来の夢をお聞かせください。
大ホールでのコンサートと、もちろん紅白歌合戦出場です!
■音楽経歴
5歳の時、クラシック・ピアノを始める。2002年より、吉祥寺STAR PINE'S CAFE、南青山MANDALAを中心にライヴ活動を開始。当初はバックにバンドを率いてのライヴだったが、2005年より現在のピアノ弾き語りのスタイルになる。東京の他、関西や山形でもライヴ活動を実施。
■ディスコグラフィー
2004年8月8日 ファースト・アルバム 『記憶の森へ』
2007年7月7日 セカンド・アルバム 『PRISM』
≪特別企画CD≫
2005年11月15日 オムニバス・カバー・アルバム 『昭和 Vol.3』
2006年5月28日 庄内発トラベルイメージソング 「旅にでませんか」
高橋さんのホームページはこちら
http://www.ko-takahashi.com