
堀口 容子 (昭和59年度ドイツ語学科卒)
去る8月2日、朝日新聞書評で拙訳『海の美しい無脊椎動物』が取り上げられました。
私の現役当時学長であられた溝邊龍雄先生がご存命なら、一番にご報告したかったのに、自分の成長の遅さをお詫びしたい気持ちです。
外大では4年間混声合唱団で歌っていましたが、溝邊先生も歌がお好きで、3年のプレゼミ、4年のゼミと温かいご指導を頂きました。プレゼミではニーベルンゲンの歌を口実に、ドイツ語と関係なく世界の神話・伝説を読み比べ、先生も「珍しいテーマだね」と苦笑しておられましたが、その嗜好が昨年出版の『トロール』で形になったということで、改めてお許しを請いたいと思います。溝邊先生は何度も個展を開くほどの画家でもいらしたので、アート系の訳書や、頭蓋骨の写真集ながら美術文化論が満載の『スカル』も喜んで下さるかも知れません。
学生時代も今も一番の趣味は合唱ですが、スポーツも大好きです。この10年ほどは海外サッカーにはまり、フランス、イタリア、アルゼンチンで観戦してきました。『ワールドサッカーユニフォーム1000』は昨年のワールドカップ前に急遽出版が決まった本で、翻訳期間が下調べ含めて20日しかなく、自分でもよく間に合ったと思いますが、とても楽しい仕事でした。
現在、出版翻訳は仕事の半分くらい、もう半分は鉄道技術文書・論文を中心に、英⇄日、独→日の翻訳をしています。
私は初めての分野、未知の分野の仕事をしたいタイプで、お付き合いのある出版社や翻訳事務所にも、「誰に頼んだらいいか解らないようなヘンなジャンルの仕事をぜひ」とお願いしてきました。キャリアも長くなって、鉄道など、指名を頂ける「得意分野」は多少できましたが、何かを「専門分野」にしようと思ったことはありません。
自ら選ぶのでなく、与えられる仕事だからこそ、自分の好みだけなら知りようもない世界を知ることができました。テトリスしかしたことがないのにプレビューサイトで新作ゲームの紹介、一生行くこともないであろう南氷洋の操業調査文書、聖書に登場する全ての植物の博物誌、CO2排出権取引市場レポート…新たな世界が開かれ、時に既知の世界と結びついて広がっていく、その楽しさは、学びの苦労を常に上回りながら、経験値を上げてくれます。
どんな分野にも、その分野の醍醐味があり、情熱を注いでいる人がいます。私は外大卒を名乗るにはお恥ずかしい語学力ですが、どんな未知の分野でも、その魅力や人の情熱のありかを見つけ出すことには、絶対の自信を持っています。子どもの頃から、「つまらないからやめておけ」とは言わず、あれもこれも手を出すことを許して、百の物事には百の面白さがあると教えてくれた両親や周囲の人のお蔭です。
内容と分野を問わず、翻訳の需要があるということは、伝えたい人と知りたい人がいるということです。新技術で鉄道の安全が高まるなら、開発者は強くアピールしたいでしょう。無味乾燥な行政文書でも、起業したい人ならヒントを得ようと必死に読むでしょう。そこには熱があります。私の仕事は、その熱の仲立ちをすることです。
魅力や熱はどう書けば伝わるのか。書くために何を知る必要があるのか。その情報はどうすれば手に入るのか。一語一句を誠実に調べ、それぞれの分野全体を学びながら、地平線を広げていきたいと思います。
既刊翻訳書:
『鉄道ギネスブック 日本語版』(絶版、古書流通あり)
『世界のショップバッグ コレクション』
『世界のスクリーン印刷 グラフィック・コレクション』
『OVERS!ZE びっくりサイズのおもしろアート』
『スカル アラン・ダドリーの驚くべき頭骨コレクション』
『アメリカン・サイケデリック・ポップアートの巨匠 ピーター・マックスの世界』
『ワールドサッカーユニフォーム1000』
『トロール』
『タングルドローイングのアイデア500』
『海の美しい無脊椎動物』